「Excelはレガシーだから、そんな古い技術に依存したくありません」
もし後輩からこう言われ、Excelでの作業を拒まれたら、どう対応すべきでしょうか。
感情的には、「仕事なんだからやってください」と言いたくなるかもしれません。実際、同じ部署で共有している資料や集計表がExcelで回っているなら、個人の好みで開かない・触らないという対応は、周囲の仕事を止めてしまいます。
一方で、「最近の若者はわがままだ」と切り捨てるだけでも、あまり建設的ではありません。もしかすると、その後輩はExcel依存による属人化、転記ミス、バージョン管理の混乱、マクロのブラックボックス化、AI活用の遅れといった、現場の課題を直感的に感じ取っているのかもしれないからです。
大事なのは、Excelを守ることでも、AIを否定することでもありません。
論点はただ一つです。
その業務は、何のために、誰が、どの品質で、どのルールのもとで進める必要があるのか。
つまり、「Excelを使うべきか」ではなく、まずは業務要件で判断すべきなのです。
Excelは本当に「レガシー」なのか
Excelが長寿のソフトウェアであることは事実です。登場から長い年月が経っており、多くの会社で昔から使われ続けています。その意味では、たしかに“古くからある道具”です。
しかし、「古い」ことと「使えない」ことは同じではありません。
業務システムの世界では、古くからある技術が今も現役で使われている例はいくらでもあります。SQL、リレーショナルデータベース、メール、TCP/IP、コマンドライン、バッチ処理。どれも新しい概念ではありませんが、現代の業務やインフラを支える重要な技術です。
レガシーという言葉は、本来「古いから悪い」という意味ではありません。問題になるのは、保守できない、セキュリティリスクが高い、業務変更に追従できない、特定の人にしか扱えない、といった状態です。
つまり、問題は「Excelかどうか」ではなく、そのExcel運用が健全かどうかです。
2026年現在、Excelは単なる古い表計算ソフトではない
2026年現在のExcelを、昔ながらの表計算ソフトとしてだけ見るのは少し乱暴です。
Microsoft 365のExcelには、クラウド連携、共同編集、Power Query、Power Pivot、Python in Excel、Copilot連携など、現代的な機能が取り込まれています。特にPython in Excelは、Excelのグリッド上でPythonを使った分析や可視化を行える機能であり、従来の「セルに数式を入れるだけの道具」というイメージからはかなり離れています。
また、AIについても、Microsoft 365 Copilotのように、ExcelやWord、PowerPointと統合される形で業務利用が進んでいます。
この状況を踏まえると、「ExcelはレガシーだからAIに置き換える」という二項対立は、やや雑です。むしろ現実には、ExcelそのものがAIやPythonを取り込みながら変化しています。
したがって、後輩の主張に対しては、こう返すのがよいでしょう。
「Excelが古い部分を持っているのは事実だと思う。ただ、今のExcelはAIやPythonともつながっている。だから“ExcelかAIか”ではなく、この業務に何が必要かで考えよう」
このように返すと、相手の問題意識を否定せずに、議論を業務要件へ戻せます。
Excel依存には、たしかに問題もある
Excelを擁護しすぎるのも危険です。
多くの職場では、Excelが便利すぎるがゆえに、本来はシステム化すべき業務までExcelで処理されています。たとえば、顧客管理、在庫管理、案件管理、予算管理、勤怠集計、請求データの加工などです。
Excel依存には、次のような問題が起こりがちです。
ファイルが複数に分かれて最新版が分からない。誰かが数式を壊しても気づかない。マクロを書いた本人しか修正できない。データの入力ルールが人によって違う。アクセス権限や監査ログが不十分。メール添付でファイルが拡散する。
こうした状態なら、「Excelをやめたい」という意見には一定の合理性があります。
ただし、ここで重要なのは、不満を述べることと、代替案を提示することは違うという点です。
「Excelは嫌です。AIを使いたいです」だけでは、業務改善ではありません。
AIを使うなら、どのAIを使うのか。会社で許可されたツールなのか。入力してよい情報の範囲はどこまでか。出力結果を誰が検証するのか。誤回答があった場合の責任は誰が負うのか。作業手順は他の人にも再現できるのか。
ここまで整理して、初めて代替案になります。
AIを使いたいなら、シャドーAIの問題を避けられない
最近は、Excel作業をAIに任せたいという人も増えています。それ自体は自然な流れです。集計、分類、文章化、要約、関数作成、マクロ作成、データ整形など、AIが役立つ場面は多くあります。
しかし、会社で未承認のAIツールに業務データを入れると、いわゆるシャドーAIの問題が起こります。
シャドーAIとは、組織が正式に管理していない状態で、従業員が個人判断でAIツールを業務利用することです。便利ではありますが、顧客情報、取引先情報、社内資料、人事情報、財務情報などを不用意に入力すれば、情報管理やコンプライアンス上のリスクになります。
AIは「新しいから安全」なのではありません。むしろ新しいからこそ、利用ルール、権限管理、ログ、教育、責任分界、出力検証が必要です。
Excelファイルを開くのは嫌だが、会社で許可されているか分からないAIツールには業務情報を入れたい。もしそういう話なら、それはDXではなく、単なる統制外の業務です。
職務記述書に「Excel作業」と書いていなくても、業務は消えない
「職務記述書にExcel作業と明記されていないなら、拒否できるのでは」と考える人もいるかもしれません。
しかし、実務上は「Excelを使うこと」そのものが目的ではありません。目的は、集計する、報告する、確認する、共有する、意思決定に必要な資料を作る、といった業務です。
たとえば、部署で共有している進捗表がExcelで管理されているなら、そのファイルを更新することは、単なるExcel操作ではなく、部署の情報共有プロセスの一部です。
もちろん、労務や法務の判断は会社の規程や雇用契約、具体的状況によって変わるため、安易に「業務命令違反だ」「懲戒だ」と断定すべきではありません。だからこそ、先輩社員が個人で強く詰めるのではなく、上司を巻き込むべきです。
ここでのポイントは、本人を責めることではありません。
「Excelが好きか嫌いか」ではなく、「部署の業務を止めないために、現時点でどう進めるか」を上司も含めて確認することです。
実務での対応手順
では、実際にどう対応すればよいのでしょうか。
第一に、本人の主張を聞きます。
いきなり「黙ってやれ」と言うのではなく、「Excelのどこが問題だと思っているのか」を確認します。使いにくいのか、ミスが起きやすいのか、属人化しているのか、AIを使えば効率化できると思っているのか。論点を分解します。
第二に、業務要件を整理します。
そのExcelファイルは何のためにあるのか。誰が使うのか。更新頻度はどれくらいか。ミスが起きたら何に影響するのか。上司、同僚、他部署、取引先の誰が関係するのか。ここを整理しないままツールの良し悪しを議論しても、話はかみ合いません。
第三に、代替案を出してもらいます。
「AIを使いたい」というなら、何をどう置き換えるのかを具体化してもらいます。作業時間はどれくらい減るのか。確認作業はどうするのか。会社で使ってよいツールなのか。データを外部に出さない方法はあるのか。他の人も同じ手順でできるのか。
第四に、上司と必要に応じて情シス・セキュリティ部門に相談します。
これは逃げではありません。むしろ適切な変更管理です。部署で共有される業務プロセスを変えるなら、個人間の話し合いではなく、責任者の判断が必要です。
第五に、現行業務は止めない前提を明確にします。
改善提案は歓迎する。しかし、移行計画が決まるまでは、現在のルールで業務を回す。これは冷たい対応ではなく、組織で仕事をするうえで必要な線引きです。
後輩には、こう伝えるとよい
感情的に叱るより、次のように伝えるのが現実的です。
「Excelに問題があるという指摘は分かる。たしかに属人化やミスのリスクはあるし、AIで効率化できる部分もあると思う。ただ、今この部署の業務はこのExcelを前提に回っている。だから、個人判断で止めることはできない。まずは現行業務を進めたうえで、どこに問題があり、何に置き換えるべきかを一緒に整理しよう」
もう少し踏み込むなら、こうです。
「AIを使いたいなら歓迎する。ただし、会社で許可されたツールか、業務データを入れてよいか、結果を誰が確認するか、他の人も同じように使えるかまで含めて提案してほしい。そこまで整理できれば、上司に改善案として相談できる」
この言い方なら、後輩の新しい技術への関心を否定せずに、責任ある提案へ引き上げられます。
代替案が出せないなら、それは改善提案ではない
もし後輩が「Excelは古い」「AIのほうがいい」と言うだけで、具体的な代替案を出せない場合は、少し厳しく線を引く必要があります。
ただし、人格を否定する必要はありません。
「問題提起はありがたい。ただ、現時点では代替案がないので、今の業務は現行手順で進めます。改善したいなら、次回までに代替案を整理してください」
これで十分です。
現場では、正しいことを言うだけでは足りません。業務を進める責任、周囲が使える形にする責任、セキュリティを守る責任、移行中の混乱を抑える責任が必要です。
新しい技術を使いたいという姿勢は良いものです。しかし、それは業務責任とセットで初めて価値になります。
Excelをやめるなら、何が必要か
Excelから脱却すること自体は、悪いことではありません。むしろ、業務によっては積極的に検討すべきです。
ただし、Excelをやめるには条件があります。
データの入力ルールが定義されていること。権限管理ができること。誰がいつ何を変更したか追跡できること。バックアップがあること。属人化しない運用手順があること。利用者教育ができること。移行期間中の二重管理をどうするか決まっていること。トラブル時の責任者が明確であること。
これらを満たさないまま、個人のAIツールや個人管理の別システムに移すと、Excel依存より危険な状態になることもあります。
Excelは万能ではありません。しかし、Excelをやめることも万能ではありません。
道具を変えるとは、業務の流れ、責任、教育、監査、セキュリティを変えることです。
結論:問題はExcelではなく、業務を止めてよいのかである
「Excelはレガシーだから使いたくない」
この言葉だけを聞くと、反発したくなる人は多いでしょう。しかし、そこで感情的に対立すると、話は「古い人 vs 新しい人」の構図になってしまいます。
本当に考えるべきなのは、Excelが好きか嫌いかではありません。
その業務は何のためにあるのか。誰が使うのか。どの品質が必要なのか。AIを使うなら安全に使えるのか。代替案は組織で運用できるのか。移行計画はあるのか。
ここを整理せずにExcelを拒否するのは、業務改善ではありません。逆に、Excelに問題があるのに「昔からこうだから」で押し切るのも、健全な組織運営とは言えません。
若手の違和感は、DXのきっかけになります。
ただし、個人の拒否ではなく、組織的な変更管理に変える必要があります。
Excelを使うべきかではなく、業務を止めてよいのかが問題です。
そして、技術は新しさではなく、組織で安全に、継続的に、再現性をもって運用できるかで選ぶべきなのです。



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